医療分野におけるブロックチェーン:医療データの保存・管理・活用の新たな可能性
ブロックチェーン技術は、製薬・医療分野における医療データの保存・処理・管理方法に革命をもたらし、従来よりも便利で安全かつ効率的なアプローチを実現します。
分散型台帳は、患者の医療記録管理から臓器提供の割り当てまで、さまざまな用途で活用できます。この記事では、医療分野におけるブロックチェーンの主な活用例を紹介します。
ブロックチェーンが医療で解決できる課題とは?
現代の医療インフラにおける大きな課題の一つは、医療データを効果的に共有できる仕組みがないことです。患者は新しいクリニックを受診するたびに自身の医療記録を持参し、検査を再度受ける必要があり、不便なうえに誤った治療につながるリスクもあります。
また、患者の診療履歴が複数の機関に分散して保存されており、完全な情報が揃わないことも大きな問題です。
さらに、製薬業界で深刻なのが、低品質や偽造医薬品の流通です。これは世界で数十兆円規模の市場となっています。
ブロックチェーンは、その透明性・改ざん耐性・高いセキュリティなどの特長により、これらの課題を解決できる可能性があります。
医療分野におけるブロックチェーンの活用例
患者の医療データを保護し、安全かつ迅速に共有することは、ブロックチェーンが解決できる主要な課題の一つです。
この技術は、以下の分野で有効に活用できます。
- 電子カルテの管理
- 医薬品サプライチェーンの透明化
- 偽造・低品質医薬品対策
- 臓器提供の割り当て管理
- 医療研究の推進
- 保険手続きの効率化
- 医療データの分析
電子カルテ(電子医療記録)
電子カルテは、医療分野におけるブロックチェーン活用の代表例です。
ブロックチェーンはデータの改ざん防止や出所の追跡、患者の医療記録の安全な保存を可能にします。
また、クリニックや研究機関、保険会社など医療サービス市場のさまざまな関係者間で、データのやり取りを大幅に簡素化できます。
多くの国では、患者の同意なしに機微な医療データを扱うことはできません。ブロックチェーンを活用すれば、患者自身がデータの利用・移転・処理方法を細かく管理できるようになります。
たとえば、MITメディアラボとBeth Israel Deaconess Medical Centerが共同開発した「MedRec」ブロックチェーンプラットフォームでは、患者が自身のデータ管理やアクセス権の設定を行えます。
医療データの保存・共有にブロックチェーンを利用する主なメリットは次の通りです。
- 患者主導のデータ管理と監督:患者自身がデータを管理し、アクセス権もコントロールできます。そのため、必要な医療証明書の取得や他院へのデータ移転もスムーズに行えます。
- 改ざん耐性:ブロックチェーンは分散型データベースであり、データの改ざんを防ぎます。
- 信頼性:すべての医療記録にはデータ発信元の署名が付与され、記録の正確性を簡単に検証でき、虚偽の記録を排除できます。
- セキュリティ:分散型ネットワークでデータを保管することで、ハッキング被害やデータ消失リスクを低減します。
- 機密性:電子カルテは暗号アルゴリズムで保護され、患者の秘密鍵でのみアクセス可能です。
医薬品サプライチェーン管理と偽造対策
ブロックチェーン技術のもう一つの医療分野での活用例が、サプライチェーン管理や偽造医薬品対策です。
医薬品の流通に関わるあらゆる取引をブロックチェーンで記録することで、製造業者・流通業者・医師・薬剤師・患者などすべての関係者が連携し、処方箋の不正改ざんや偽造の試みを即座に検知・防止できます。
また、医薬品メーカーやシリアル番号、パッケージ番号などの情報もブロックチェーン上で容易に検証できるため、品質管理や偽造医薬品の追跡がサプライチェーン全体で可能となります。
臓器提供の割り当て管理
臓器移植を行うには、まずドナーの同意が必要であり、その後、臓器の出所を追跡して法的要件を満たしているか確認しなければなりません。臓器移植を待つ患者の命は、手術の迅速な実施にかかっています。ブロックチェーンはこのプロセスの効率化と迅速化に貢献します。
アラブ首長国連邦保健・予防省は、ブロックチェーンを活用したドナー臓器管理システムを開発し、ドナーの同意や臓器の出所を記録しています。
医療研究
ブロックチェーン技術は、医療研究の効率化にも寄与します。
まず、患者が自身の医療データを研究目的で利用する許可を容易に与えられるようになります。
さらに、患者の同意データ以外にも、以下のような多様なデータをブロックチェーンで一元管理できます。
- 過去の臨床試験データ
- 患者ケアに関するデータ
- 医薬品供給に関するデータ
多様なデータを統合的に分析できることで、医療研究の精度が向上します。
また、ブロックチェーンによってデータの改ざんを防ぎ、真正性を確保できます。医療研究にブロックチェーンを利用する主なメリットは次のとおりです。
- 研究の正確性:患者や関係者がブロックチェーン上で生成したデータにはタイムスタンプが付与され、研究の精度向上につながります。また、データの出所も追跡できるため、信頼性が高まります。
- データの可用性:ブロックチェーンにより、リアルタイムの医療データへ恒常的にアクセスでき、研究者にとって大きな価値があります。
- 高い機密性:信頼性の高いブロックチェーンは、栄養・健康・環境など多様な分野のデータを多くの患者や医療機関から集めるインセンティブにもなります。
医療保険
医療保険も、ブロックチェーンの医療分野での有望な活用先です。情報の透明性や分散化、データの改ざん耐性といった特長が、保険の関係者全員にメリットをもたらし、相互不信の解消やコスト削減、迅速な保険金支払いを可能にします。特にスマートコントラクトの活用によって、保険金の支払いが大幅にスピードアップします。
従来の中央集権型データベースでは、医療データの修正や削除が可能ですが、ブロックチェーンのような改ざんできない分散型台帳は、保険を含む重要な医療データの保存により適しています。
課題
ブロックチェーンはまだ新しい技術であり、医療分野でも導入初期段階にあります。多くの医療機関は技術面の知識不足から導入に消極的であり、患者もブロックチェーンへの理解が十分とは言えません。さらに、経済的な導入メリットもまだ明確ではありません。
「ブロックチェーンを購入できる」ような信頼できるベンダーが存在しないことも、普及を阻む要因です。また、新技術ゆえにインフラの構築や業務プロセスの見直し、新たな決済手段やAPIの導入などが必要となり、これもハードルとなっています。
データアクセスの問題もあります。医療業界にはデータ共有に消極的な組織が多く、すべての患者が自身の医療データを管理したいわけでもありません。実際、管理方法が分からない人も少なくありません。
スケーラビリティも課題です。膨大な医療データを処理するには、高い処理能力と同時にセキュリティや分散性も求められますが、これらをすべて満たすのは容易ではありません。
一方で、現在多くのクリニックや病院、医療ネットワークで使われているシステムも必ずしも安全とは言えません。サイバーセキュリティ専門家は、特定患者の治療プロトコルを改ざんする攻撃の可能性について以前から警鐘を鳴らしています。
ブロックチェーン技術は、医療データの保存・共有方法を根本から変え、患者データの機密性向上や医療業界全体の効率化を実現し、医療分野に革命をもたらす可能性を秘めています。IBMやMicrosoft、Accenture、Hashed Health、iSolve、Patientoryなどの企業も、医療分野でのブロックチェーン技術の発展に大きく貢献しています。ただし、保守的な医療業界でブロックチェーンとその革新を広く普及させるには、今後も多くの課題を乗り越える必要があります。